Philosophy経営理念

About会社概要

  
会社名株式会社木原
本 社〒915-8585 福井県越前市大虫町第7号2番地
TEL:0778-24-2200(代) / FAX:0778-24-3677
会社設立昭和38年7月30日
資本金40,000,000円
代表取締役山本達雄
従業員41名(2021年3月31日現在)
主な事業内容土木事業道路、高速道路、橋梁、ダム、トンネル、河川改修、上水道、下水道、公害対策、公害防止業、ゴルフ場造成、体育スポーツ施設、宅地造成、地中連続壁、推進工、シールド工法、各種基礎抗、海洋開発、漁礁、湾岸工事、しゅんせつ、ニュータウン開発、技術開発、公園、アンカー処理、ごみ処理施設、PCタンク
建築事業鉄筋コンクリート構造、鉄筋・鉄骨コンクリート構造、鉄骨構造、木構造、耐震構造、免震構造、木造大断面構造、屋上緑化システム
舗装事業車道アスファルト舗装、コンクリート舗装、安定処理・水利構造物、歩行者系舗装、スポーツ施設舗装
PFI事業公共施設、公用施設、教育文化施設、医療施設、社会福祉施設、駐車場、情報施設、リサイクル施設、研究施設 等
建設業許可国土交通大臣許可(特-28)第24375号
土木、建設、大工、左官、とび・土工、石、屋根、管、タイル・れんが・ブロック、鋼構造物、鉄筋、舗装、しゅんせつ、板金、ガラス、塗装、防水、内装仕上、熱絶縁、建具、水道施設
国土交通大臣許可(特-29)第24375号 解体
支店東京支店〒110-0015 東京都台東区東上野2丁目1番13号
TEL:03-5246-3860 / FAX:03-5246-3861
丹生営業所〒916-0141 福井県丹生郡越前町西田中第21号1番地16
TEL:0778-42-5571 / FAX:0778-42-5561

History会社沿革

明治32年4月1日木原文右ヱ門が福井県武生町(現越前市)に於いて、土木・建設業を営む。
明治38年4月1日木原組設立。
昭和25年6月30日木原建設(株)に組織を変更。
昭和42年4月1日建設業法制定により、総合建設業者として大臣登録を受ける。
昭和49年10月9日武生市(現越前市)大虫町7-2に本社を新築移転する。
昭和50年1月20日東京営業所を開設する。
平成11年9月22日国際標準化機構『品質マネジメント ISO9001』認証取得。
平成23年2月28日国際標準化機構『環境マネジメント ISO14001』認証取得。
平成24年6月8日国際標準化機構『労働安全衛生マネジメント ISO45001』認証取得。
令和元年7月30日社名変更し、株式会社木原とする。
代表取締役に山本達雄が就任。
令和2年2月14日東京支店を移転する。
令和3年5月10日丹生営業所を開設する

木原 百有余年の歴史をこれからの力に・・・

明治32(1899)年、確かな命の鼓動を打ち始めた木原。その鼓動は歴史の歩みと共に力強さを増し、今日まで121年にわたって信頼と情熱という新しい生命を育んで参りました。木原が積み重ねてきた121年という遙かなる時間、それはまたまっすぐに尽くしてきた社会への貢献の1世紀でもあるのです。

[121年物語]

今から121年前の、明治32(1899)年。木原は「木原事務所」として声をあげました。創業者であった木原文右ヱ門は何事にわたっても一途の人柄で、「土木建築に携わる者は、地球の彫刻師である」という熱い思いを事業のすべてに注ぎ込んだのでした。 その情熱は次第に大きな夢となって躍進、6年後の明治38年(1905)年には木原組を設立。それを契機に公共工事へと翼を広げ、県内はもちろん滋賀県へと活躍のステージを拡大し、木原の基礎を築いていったのです。人々の記憶の奥底に眠る木原121年の源流へ、今遠く遥かな時間旅行へと旅立ちます。

[白鬼女橋伝説]

昭和37年の彼岸の中日のこと。災害助成工事中に偶然にも白鬼女橋下流80m、深さ30mの川底から観世音像を発見。この尊い姿を永久に残すため、木原 創業者である木原文右ヱ門は観世音像堂を建立し、観世音を大切にまつった。

[板垣隧道]

武生と今立を結ぶ重要な生活道路であった池田道の最大の難所、板垣坂。この険しい峠越えの不便を解消するため、峠を貫いた文右ヱ門。手彫りで完成させた文右ヱ門の魂がこもった隧道の銘板が今も木原本社玄関に保存されている。

創始者 木原文右衛門翁像

板垣隧道の記念碑(実際使用されていた銘板)

トンネル貫通時の記念品などを収めたショーケース。